照明が薄暗くなって場面が変わる。
物語はいよいよクライマックスを迎えた。三味線の音色が胸の高鳴りを後押しするように響いてくる。
舞台は親子の悲しい境遇を描いた名作「伊賀越道中双六」沼津の段。
東海道で旅の若者と荷持ちを生業とする老父が出会う。話しこむうち、二人は幼いころに別れた親子だと気付くが、長い年月の間に敵味方の関係となっていたことも知る…。
遠方に富士山を臨む、夜明け間近の千本松原の美しい風景の中で、互いの立場と義理を思いやりながら、親子は永遠の別れをする。
この間、舞台上では場面転換する際に「道具返し」といわれる大道具の技術が使われた。
あらかじめ描かれていた背景が屋台道具のセットに折りたたまれるように隠されていて、パタパタと現れるという仕組みだ。
手品のように、観客の目を楽しませることが狙いで大道具伝統の技術だという。
本番さながらに行われる「立て稽古」で大道具係は舞台監督や人形遣いと、綿密な打ち合わせを繰り返す。
人形遣いから「高さが合わない」と言われれば、その場でセットを切って調整することもある。
「昔の人は怖かった。亡くなられた吉田玉男師匠や(先代の)桐竹勘十郎師匠は、すごく厳しいものがあった。威厳があったね」と振り返るのは、製作会社
「関西舞台」の岡本義秀社長。
岡本さんの拳には大きなタコができている。
絵を描く際に手のひらに着いた墨でキャンバスを汚さないよう、手をつくときは拳を支点にして体を支えるためできたのだという。厚いタコが岡本さんの36年間におよぶ誠実な仕事ぶりを証明していた。
「役者さんが要求するものを全部受け入れる。
『できません』てゆうたらそこで終わりじゃないですか。なんかできる方法を考える」職人の意地とプライドがその言葉ににじみ出ていた。
写真・文 頼光 和弘
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